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皆さんの体験談(過去ログ) 2005年12月分

悩める40歳さん 埼玉県 男性 40歳 H17/12/29

今日は、管理人さん体の調子はどうですか?その後の近況報告をします。
勤めながら転職活動をしていますが、なかなかいい会社がありません。
時期だけにしょうがないんでしょうか。5年間良くいかなかったこと又自分を取り戻す為に原因を冷静に考えて見ました。やはり心の根本に「親を恨んでいた」
「復讐してやりたい」など悔やんでいたのだと思いました。これではいけないと
思い直し、今後この経験を糧にしてがんばりたいと考え直しました。
何でも「原因」があるから「結果」があるように前向きに考えたいとおもいました。
来年は、いい報告が早くできるように頑張ります。
それでは、いい年を向かえられます様に、管理人さんまた来年も宜しくお願いいたします。

お久しぶりです。
やはり厳しいですか・・・。私の方も相変わらずです。
前向きに考えるというのは、言うのは簡単でも行動を起こして、その状態を維持するのは本当に大変なことだと思います。
私自身も、そのようなことを自分では考えているつもりですし、人に言ったりしますが、自分を変えていくのは本当に大変なことです。

また、誰かを恨むことで気が休まるのも分かります。
だから恨むなとは言いませんが、うまくいかない状況のほんの一部の原因として考えるようにしたら良いと思います。逃げ場を作っておくのは卑怯かもしれませんが、私はそんなに強くありませんし、自分のできないことを言うわけにはいきません。

今年は、この苦しい状況から抜け出せないまま、年を越してしまうことになりましたが、来年こそは何とか良い年にしたいですね。


よだっぴさん 東京都 男性 37歳 H17/12/29

以前フィリピンから投稿させていただいたものです。
あれから東京の会社で働き始めましたが、まあ、ドラマのような出来事が続きました。
家族の問題、会社の問題。。。いろいろありました。

特に新しい会社については、現在海外営業職になっていて、今年2005年は欧米に9回も出張、ただでさえ不安だらけの嫁さん(フィリピン人)を余計に不安にしたようで、ぶつかり合いが耐えません。
新しい会社の部署もよくよく話しを聞くと私の前任者は現上司にいびりだされた形で退職したらしくそのあとがまとなったわけです。
当初はいろいろ気を使ってくれていたのですが、だんだんほったらかしになり、相談しに行くと自分で考えろ、自分で考えて伺いたてるとそんなこともわからんのか、と入社2年目の私に暴言吐くんです。

私もだんだん自暴自棄になってしまい、精神的に相当追い詰められた時期もありました。(家族の件もあいまって。)
でも、最近は開き直って、首にするならいつでも首にしてくれ、という気持ちで仕事しています。
幸いなことに前の会社と違ってまわりに仲間がいるので愚痴を聞いてもらってます。これってつまらないことですが、かなり心の支えぁw)ノなりますね。
嬉しいことです。

で、今日はそのフィリピン人の妻の件で相談させて下さい。
非常につまらない話しなのですが、現在、妻がバイト(なんと夜勤)に出ています。どこかで聞いたのですが、妻の年収が100万円を超えると私の扶養から外れる、ということですが、わかりやすく教えてもらえませんでしょうか?
扶養から外れると税金の問題などいろいろ出てくると思いますが、正直よくわかっていません。年収100万円以内で納めるのがいいのか、頑張れるだけがんばってお金を稼いだ方がいいのか、教えて下さいませんでしょうか?
よろしくお願い致します。

お久しぶりです。
同僚と愚痴が言い合えるというのは、かなりストレス解消になると思いますし、頑張られるもののひとつですね。
この愚痴が言えないと、ダメージは必要以上に大きくなり、息詰まってしまいます。
良い同僚に恵まれて幸せ者です。

奥様の収入についてですが、
103万以下・・・所得税(配偶者控除)の扶養
130万以下・・・社会保険(健康保険・年金)の扶養
141万未満・・・所得税(配偶者特別控除)の扶養

103万以下なら、所得税の配偶者控除38万を利用できるうえに、社会保険の扶養にできます。控除で最も有名なのでは、生命保険料控除5万と言うのがありますよね。
130万以下なら、社会保険の扶養と、配偶者特別控除を利用できます。
配偶者特別控除は、141万未満の収入に応じて一定の金額を控除してくれる制度です。最高38万〜0までです。

141万未満なら、配偶者特別控除だけで、社会保険料は奥様も別途加入という感じです。

結論から言えば、稼げるなら稼いだ方が得だと思いますが、それぞれの制限ギリギリ程度なら、各限度額と突き合わせる必要があります。
不明点等ありましたら、別途お問い合わせください。


まだあきらめきれない男さん 群馬県 男性 44歳 H17/12/28

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今年をふり返って
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管理人さん

お世話になります。
またまた長文になりますが、近況報告です。

20年前の私の病気(小学生の頃からずっと続いていた長期の睡眠障害が原因と思われる突然のパニック障害の発症で当時原因など知る由もない)をきっかけにした、ふとした人生のつまづきから我が家の転落は始まった。
以来、人生もからだもボロボロになったこの20年であったが、今年はまさに極限的などん底の年となった。
戦後60年。
我が家にとって、今年は本当に「清算の年」となった。

今年の悪運を早くも暗示するかの如く、正月が明けた1月初旬、
40年来慢性関節リュウマチでずっと寝たきりだった伯母が、足首の骨折治療のため突如の入院(骨がボロボロで勝手に折れたらしい)。
結婚当初より発病したため子供もおらず、亭主も心臓病持ちで、我が家の他には近くに親戚のいない伯母夫婦を、何かにつけ我が家は面倒を見てきた。
何十年も・・・。
その伯母の突然の死。
10月の末のことだった。
迫りくる死期が段々と予感されていく現実を、大人の視線で体験するのは初めてであった。
ホスピス病棟で患者の死に向き合う医療関係者の気分とでも言ったらいいのであろうか。
本人もまさか死ぬとは思ってはいなかったようで、もちろん遺言などはない。
もう一人の母親のような存在だっただけにその突然の死は、正直ショックであった。
これまで自身の目前にある冷酷な現実に毎日追いまくられ、そんな感情など感じている暇などはなかったが、
何年も流してこなかった「涙」というものを、私は久々に流した。
自分にもまだそんな生な感情が残っていたのかと、ゲージの中の実験動物を覚めた目で淡々と観察するような、もう一人の理性的な覚めた自分が漠然とそう思った。
ずっと寝たきりで、からだはミイラのように痩せ細り、痰が絡んで苦しんでいたため、死ぬわずか一日前には気管切開の手術も受けたりしていた。
死に顔は、苦しみ抜いていた魂がすっと抜けたが如く、穏やかであったのがせめてもの幸いであった。
40数年来の凄まじい闘病生活を物語るがごとく、火葬後に残された焼骨は本当に少なくほとんどなかった。
生きていて欲しかったが、あの「魂の煉獄」である病に犯されたボロボロのからだに伯母の魂をこれ以上引き止めて置きたいと願うのは、
むしろ当事者に対して余りにも酷ではないか、そう思うことにした。
今では、「死」と言う、伯母の魂の永遠なる世界への旅立ちを心から祝福し、幸あれかしとひたすら思うばかりである。

掛け持ちしていたバイト先のひとつ(借金の返済原資であった)を1年以上前に突然解雇されて以来、自分の意思でどうにもならない体調不良を抱えながら、
求職活動に及ぶも、冷酷な現実は我が家の都合など一切聞く耳は持たず、ついに8月に債務返済に行き詰まり自分と母は自己破産を決意した。
返済原資の確保がつかないのだ。
他に選択肢はなかった。

亡父の死亡時に単独相続した不動産を任意売却して、実質すべての資産を失った。
購入時の価格:1800万円 ⇒ 売却時の価格:460万円で、何と1000万円以上の売却損を被った。
亡父が借金を始めて以来、この20年間でトータル3000万円以上を金融機関へ返済してきたが、いったい何をすればこのような金額になるのか?
零細自営業の運転資金・設備投資などでは断じてない。
入退院の医療費を入れてもとても勘定が合わない。
とにかく、その金額が信じられぬ・・・。

今の債務整理を続けているうちにふと思い出したのだが、
うちはその昔、法人で年商が億単位の売り上げがあった商売をしていた時があり(亡父とその兄が経営)、それが確か自分が小学3年生の頃あたりに倒産したのだが、その時の債務整理がらみの借金ではないのか?
自分も現在(財)法律扶助協会の弁護士費用の立替制度を受けて債務整理をしているが、たった数百万円の債務整理でも既に30万円以上の費用(自分・母の2人分)がかかっている。
これだけではなく、自分は売却可能資産(不動産)があるので管財事件となり、「予納金」という裁判所(破産管財人)へ支払う費用が別途必要である。
これは任意売却による手付金より支払う予定なので、もしこれが出来なければ自分の破産申し立てそのものが出来ないところであった。
もしこれに失敗したら、最悪、競売の申し立てを立てられ終わりである。
とにかく、小なりとは言え、「法人の破産にかかる訴訟関係費用」はどれだけ莫大なものになるのか、おのずと推測が出来ると思う。

何も実情を知らされずに来た残された家族。
亡父は最後まで卑怯で勇気がなく、隠し事をする、現実を直視できず正直になれない人間だった。
結局、こうしたろくでなしのへまの尻拭いをやらされる羽目になった。
他人の犠牲になる・・・。
これが持って生まれた自分の運命らしい。
そもそも母との結婚の時からして、それは「嘘」から始まった。
不思議な事に、今は怒りもなにも感じない。
ただ、何もかもが空しい・・・。
この男との出会いさえなければ、我々残された家族も、そして当のこの男自身も普通に幸せだったのではないのか・・・。

生活弱者(高齢者・障害者・病者)の賃貸物件の確保の異常な難しさには本当に辟易した。
当事者でなければおよそその苦労は理解出来まい。

当初、県議(高校のOB)の口添えを受け、県営住宅の空き物件を紹介してもらったのだが、入居の意思確認をする前の物件の下見に際して、内装の化学物質(自分はシックハウス症状もあるので即時に入居不可と判断)と近隣の騒音(鉄道・道路等)問題のため、
キャンセルするしかなかった。
破格の賃料だったので喜んでいたのだが、結局からだの都合(特に精神障害者にとって)で振り出しに戻ってしまった。

もう駄目かと思っていたが、幸い以前物件を売却した時に取引のあった不動産屋の若社長の知己を得て(自分という人格を誠実さ・信用の点において高く評価して頂いた、
また何となく先方の社長と気があったのも幸いしたかもしれない)、また地元の顔役さんらしい良心的な大家さんも都合よく見つかり、低家賃で物件を何とか押さえられた。
和室6畳×2間、4.5畳のキッチンだけの、かなり作りの古い一戸建ての物件だが、借金で追いたてを食らっている身であり、当然文句など言えた義理ではない。
路頭に迷わずに済んだだけでも有難いと感謝しなければならない。

難攻を極めた「保証人」の問題も、生活弱者も取引先とする東京の保証会社の審査に無事に合格し保証問題も解決した。
以前NHKのTVで、普通の不動産屋からは相手にしてもらえない同じ問題を抱える高齢者・障害者を、リスクとして高い保証料は取るが、かえってお得意さんにしている保証会社を紹介していたのを見てふと思い出し、今回お世話になった不動産屋に照会してみたのだが、不動産屋としては初めて扱う案件だったらしい。
こうした、高齢者・障害者の賃貸に関する保証人問題はこれから大いに社会問題になるであろう。
公的な保証制度の整備が急務だと思う。

賃貸生活をするのは生まれて始めての経験である。
保証人がいない(伯母の死をきっかけに、これまで何かとごたごたしていた親戚付き合いを断絶したこと、またその他の親しい親戚も高齢であり、すべて県外に在住しているため)、また普通の民間の保証会社の審査の厳しさ(自己破産という金融事故を起こした「前科者」という立場、またそれ以上に我が家の所帯収入の不安定さのため)は骨身に染みた。
小額の年金暮らしの母(68)、精神障害者の弟(41)、そして後遺症に苦しむ持病持ちの長期フリーター状態の自分(44)
現在の所帯収入は合わせて約14万円で生活保護基準はとうに下回っている。

ところで、その生活保護の件であるが、
知り合いの市議(高校のOB)の口添えで、市の担当窓口へ相談に行ったのだが、
今回は、相談時現在は持ち家とは言え、破産により既に自己所有の不動産の処分は決まっていること、また参考にと一緒に添付した医師の診断書(2度目のもので症状を重くしてあるが偽りはない)の効果か、それと自分が「清掃作業」という、慢性疼痛という見えない苦痛を抱える身には、週一とは言えかなりきつい作業を11年間も続けているという職歴も評価してもらったのか良く分からないが、とにかく今度は申請が通過するらしい。
ただし、「車の所有および使用」が禁止されるそうである。
東京のような大都市と違って、自家用車がなければ仕事も買い物もままならない当地では、事実上生きているだけの「飼い殺し」となることが分かった。
相談時には市の担当者がいったん席を外し、自分の事例が生活保護に該当するか県と国の担当部署へ照会を行い、その時間は実に30分近くはかかったろうか。
障害者の通院のためにも自家用車(現所有車は購入時たった30万円の軽の中古車である)は必要だと訴えたが、県や国の杓子定規な法の運用のため駄目だったそうだ。
お役に立てずに申し訳ないと言われた。
現場当事者の実情・苦労を理解している市の担当者や市議の先生は、当地での自家用車の所有をなんとか出来ないものかと本当によく尽くして下さった。
改めて御礼を申し上げたい。
国は今期国会で、自分にも関係する「障害者自立支援法」を立法し来年施行するが、
このような状況では、自立どころか自立を阻害するただの飼い殺し法案ではないのか?

閑話休題。

とにかく、任意売却による手付金として受け取った100万円が底をついたら、改めて申請に来て欲しいということであった。
まあ、自分としては半日のアルバイトでも何でもして、出来る限りそうした事態は避けたいところであるが、
不幸にしてそうした事態に陥ったら申請をするつもりである。
これで何とか最悪の事態でも生きていく保証は担保出来た。
ちなみに、生活保護期間中の国民年金保険料は自動的に免除扱いになるそうである。

先月末に母親の破産宣告書の原本が代理人弁護士より送付されて来た。
来年2月中旬に免責の審尋が行われる予定である。
自分も2月中に破産手続きに着手する予定である。
官報を見たのであろう、さっそく東京のヤミ金から融資の案内が来た。
このハイエナどもめが!!
自分のような不詳の息子を持ったばかりに母を破産者にさせてしまい申し訳なく、情けない思いでいっぱいである。

しかし任意売却が進まず、もしも競売に掛けられると、本当に冗談ではなく路頭へ放りだされるらしい。
名古屋市当局がホームレスを公園から強制退去させたように・・・。
弁護士からはっきりとそう聞いた。
「所有権」という物権の絶対性とはそうしたものらしい。
その昔、大学の法学部の民法の講義でそんな内容を確か聞いた覚えがあるが、まさかこのような形でそれを我が事として思い知らされるとは夢にも思わなかった。

オペの後遺症に起因する慢性疼痛による体調不良は、16年を経過した現在でもまったく改善することはない。
数年前より、「痛み」というキーワードで関係のHPをいろいろと読んでいるが(それまではずっと「自律神経失調症」であった)、自分の陥っている現在の症状は、要するに、「脳が痛みの信号を記憶」してしまって、それは原則元に戻らないらしい。
ペインクリニック(麻酔科)以外では、医療の現場の中でも重大性の認識はまだまだ薄く、発症メカニズムもまだよく分からず決定的な治療法もないらしい。
自分は対処療法として安定剤を16年間服薬しているが、死ぬまでこうした生活が続くようだ。
将来必ず死によってこの苦しみから解放されることだけが、自分にとってせめてもの希望である。
その時が来ることを楽しみにしている。
死んだ伯母のように・・・。

毎年のことだが、寒さも手伝い、またバイトの肉体労働による過労もあってか、痛みを始めとする自律神経症状・不定愁訴は悪化している。
薬を飲んでもしっかりとした睡眠はめったに得られない。
今年の寒波はとにかく痛みを抱えるものには堪える・・・。
睡眠の浅い時は特に調子が悪い。
このままでは短期のバイトでも就労は難しいと思う。

来年の1月下旬に引越しをする。
持ち家における生活も、現状を前提とする限り、これでおそらく最後となると思う。
これで4度目である。
すべて借金がらみの引越しであった。
けちの付いた現在の電話番号もこれを機に変更する。
就職して落ち着いたら、予定どうり姓も母方へ変更するつもりである。
父方との腐れ縁を今度こそ完全に根こそぎにするために。
とにかく今年は就職活動どころではなかった。
引越しして落ち着いてから、改めて就職活動を始める予定である。
伯母の10ヶ月にわたる入院生活と突然の死と葬儀、そして自身の債務整理。
本当に疲れた・・・。

これが今年の我が家の一年でした。
我ながら凄まじい一年だったと思います。
やっとマイナスからゼロに駒を進められました。
自分には何の関係もない借金との20年にわたる戦いに最終決着を着けました。
金融機関とは刺し違えの形になりましたが、本当に長かったです。
しかし自身の病気との闘いは生涯続きます。
今後は、失ったもの(健康・仕事・結婚など)に関する喪失感との戦いとなりましょう。
いつまで、そうしたストレスに耐えられますか・・・。
自分でも見当が付きません。

とりあえず、今年は正月の準備もまともに出来ます。

それでは。

追伸:いつも本当に長文で申し訳ありません。
   不適当ならば管理人さんの御意思で不掲載でもかまいません。
   寒さ益々厳しき折でありますが、管理人さんもどうかお体お大切に。
   良きお年をお迎え下さい。

いえいえとんでもありません。
改めて厳しさを実感したとともに、自己破産という新たな一歩を踏み出し、これが良い方向へ動くことを願うばかります。
また、自己破産など公的手続きに関しては、煩雑でなおかつ障害が多いことにも知ってはいましたが驚きました。また、金銭的に追い込まれているから行動を起こしているのに、多額のお金が要求される現実にも腹立たしい。

病気や経済的に不利になった時に、助けてくれない世の中で、そんななかでちょっとしたことでも人助けになることもあるんですね。
不動産屋や議員さんなど、私ももっと他の人の立場に立って、行動するように心がけたいと思います。

生活保護での自家用車所有問題は、全国的にも度々取り上げられており、目にする機会があります。
商売に使用する以外は許さないというものですが、地域環境により公共機関を利用出来なかったりなど、所有する必要性があるのは当然のことと思います。
高級車ならともかく、走れば良いだけの車くらい持たせて欲しい。もはや車は贅沢品ではなく、生活必需品と誰しも考えている。
時々、裁判を起こして所有が認められるケースもあるようなので、ネットで検索してみる価値はあると思います。

まだまだあきらめきれない男さんには、お世話になりました。
来年こそ、お互いにとって良い年になると良いですね。


 

カズさん 大阪府 男性 32歳 H17/12/24

先日はご相談有難うございました。
お尋ねしたいことがあります。
来週から来てほしいという会社があって、そこの会社は第二志望である場合で、
第一志望の会社からの返答が1週間後となった場合、
厚生年金や雇用保険の番号をすでに伝えている場合、前者の会社を1週間ほど勤めて、第一志望の会社から内定の連絡があった場合で、
私が第一志望の会社に行くことを伝えた場合、雇用保険や厚生年金には前者での勤務が反映されてしまうのでしょうか?

前者の会社に言って社会保険などの手続きをしないでほしい等を言わないといけないでしょうか?
宜しくお願いいたします。

今考えていることを本当に実行するのであれば、第二志望の内定をくれた会社に対して、これほど失礼なことはありません。
それに、社会保険へ加入するかどうかについて、加入したくないと言っても法律で強制加入と決まっているので、会社に法律を破れと言っているのと同じことになります。


抜け出せないトンネルさん 愛知県 男性 38歳 H17/12/23

平成15年1月1日の失業から、もうすぐ失業3年になる。
未だに再就職のあてがない。
職安の求人自体適職が全然なく、新聞の求人欄・折込チラシ・就職活動イベント・インターネット求人等あらゆるところ応募しても、書類選考ですべて不採用になってしまう。
失業が相当長引き、未だに再就職のあてがない。もうどうすればいいの?借金も深刻でもう返済できる見通しが立たない。このブランクは相当影響しているみたい。もうこのまま再就職をあきらめざるを得ない事態になった。

就職イベントは、ほとんどが年齢オーバーで応募ができない。
応募できても書類選考で不採用。
新聞・チラシ・インターネット求人も書類選考でみな門前払い。もう何も出来ない。
自動車部品の製造業も書類選考があって、それも不採用。

これだけ失業が長引けば、もう再就職できないでしょうか。年末アルバイトもタイミングが悪かったために、募集打ち切りで終わってしまい、最悪の事態に。
パートもほとんど女性のみの採用で軌道に乗らず。
私は、再就職に縁がないのかな?長期失業ピリオド打つ手はないでしょうか?

お久しぶりです。
何か対策を考えても、なかなかこれだ!と言えるようなのは・・・。
そこで、これまでの活動において、書類選考が通らない理由を考えてみると、確かにブランクの長さは一番の原因かもしれません。

しかし、それだけでけでなく他の原因を考えてみると、例えば履歴書に貼る写真ですが、表情・髪型・服装などは点検してみたでしょうか?
選ぶのは人間ですから、撮り直してみる価値はあると思います。
インスタントではなく写真屋さんに。
気に入る写真が撮れるまで撮り直しOKのお店もあり、ネガを作れば今後は安く済むはずです。

履歴書の内容を自在に変更は出来ませんが、写真を変える・字体を変えるなど、見た目を変えることで、何か変化が起きるかもしれません。
この冬の異常気象に負けず、お互いに頑張りましょう。


カズさん 大阪府 男性 32歳 H17/12/22

ご相談させていただきます。
今年の5月に退職して以来今まで就職活動をしてきました。
その間で短期で仕事をしていた時期もありました。
10月頃までは関西でずっと探しておりましたが、最近は名古屋、東京で探しておりますがなかなか決まりません。
今まで名古屋に2社、東京で1社面接に行きましたが、駄目でした。
なかなか交通費も頂けないので苦しい面があります。

これまで関西で数社決まったところもありましたが、断ってきました。
ほとんどが職安経由なのですが、給与・職場環境など良くないところとか、いい加減な対応をされたところで信用面などから断ってきました。
その一方でインターネット経由や会社のホームページから探した企業で行きたいと思った会社からは内定がもらえません。
なぜか理由もわかりません。因みに職種は事務職で前職とほぼ同じで即戦力になるとおもうのですが、、、

現在も名古屋・東京などで探しておりますが、転居を伴うからなのか、人物で駄目なのか 戸惑っています。
軽い気持ちで受けた会社からは1回の面接でそれも前職を辞めた理由も聞かれず、すぐに来てといわれるパターンが多いです。当然書類選考もありません。
私としてはいまいちそういった会社は信用できないのです。

職安の求人票と実際の話でも少し違うのですが、因みに給料も税込みで21万で安いです。
これからの活動をどうして行けばよいのか苦慮しております。
宜しくお願いいたします。

就職活動を見る限り、現在は地域よりも給料等の条件を優先させておられるのでしょうか?もし、そうならこれまでどおりの就職活動を続けるべきだと思います。
しかし、あくまでも関西地区を最優先させたいのであれば、他地域での活動はよほど破格の条件でない限り、控えるのが良いでしょう。

これまでどのような感じのところを受け採用を頂けたのか分かりませんが、採用されたということは、魅力ある人物と判断されたことに違いはないので、次こそ採用されると信じて頑張るしかないと思います。
それでも何か変化を付けるとすれば、履歴書や経歴書を見直し何か変化させることだと思います。
些細なことでも、履歴書だったら名前の字を大きくしたり小さくしたりなど、ちょっとした変化で見た目は異なるし、経歴書も、内容と年代のどちらの順で書くかで変わるかもしれません。

退職してから半年、焦りのようなものを感じる気持ちは分かりますが、まずは地域と給料のどちらを優先させるのか決めましょう。
ほとんどアドバイスになってませんが、それなりに採用経験のあるカズさんは、今のままの就職活動を続ければ大丈夫かなと思います。
無責任のようですが採用は運もあります。


タカさん 千葉県 女性 30歳 H17/12/21

初めまして。相談させてください。
現在フリーターです。始めた時期は約半年位違いますが、バイトを2つ掛け持ちしていました。
片方が会社都合で解雇になりましたので現在はバイト1つです。
両方とも長いです。
この場合、履歴書や職務経歴書はどの様に書いたら良いのでしょうか?
正社員での職歴は有りません。
専門学校を卒業して、この2つのバイトだけです。
バイト生活をしていた理由は夢を追って、と言うものですが、この様な活動をしていたと自信を持って言えるような事はしていません・・・。なので面接なども何と答えてよいかなど心配です。

履歴書に関しては、早く勤めた方を上に書けば良いです。
当然、ダブる時期があるので、間違えていないことを強調するために、午後勤務だとか時間等の補足を記入しておけば良いと思います。
職務経歴書は、就職に有利だと思われる方を先に書きましょう。

ただ、年齢的にも職歴的にもかなりきついです。
アルバイトの内容により状況はまったく変わりますが、あくまでも一般的な状況としての話しです。
夢を追いかけてとのことで、どのような夢だったのか分かりませんが、仕事に結び付けられるようなら、かなり強調した方が良いですよ。そうでないなら、面接等の状況をみながら言うべきかどうか決めなければなりません。

アルバイトの内容や期間、夢のことなど全く分かりませんので、一般的な例での回答とさせて頂きました。


ナナさん 大阪府 女性 27歳 H17/12/15

初めて書き込みさせていただきます。
情けないのですが無職歴がもうすぐ3年になる者です。
精神的にショックな事があり前職を退社後、半分引き篭もり状態でした。
早く働かなくてはいけないと気持ちだけが空回りで面接に行くものの落ちてばかりでした。

ブランク期間も長くなり「今の自分に出来る仕事なんてあるのだろうか?社会復帰できるのだろうか・・」と思っていたのですが来年3月から仕事が決まりそうなんです。(友達が退社するので紹介で)

ここで教えて頂きたいのですが、国保・国民年金未加入で税金を払っていません。このまま就職した場合どうなるのでしょうか?確定申告もした事がありません。
しないとどうなるのでしょうか?
役所などに聞きにいけばいいと分かっているのですが怖くて行けません。
自分が悪いのも分かっているのですが・・馬鹿な質問ですいません。

何も馬鹿な質問ではありませんよ。
会社を辞めるほどですから、相当なショックだったのでしょう。それがこうして就職の可能性が見えたことは素晴らしいことです。
ご質問に関しては、退職後無収入だったと仮定すると、対会社で考えればまったく確定申告と健康保険と年金は問題ありません。

まず確定申告については、収入があった時にするものであり、収入が無ければまったく必要の無いものです。気になったのは失業した年の分の確定申告をしたかどうかです。
次に健康保険は親などの扶養として加入していませんでしたか?もし扶養になっていなかったとすれば、国民健康保険へ加入する義務はありました。でも、会社では気にしません。今から加入となると3年前からの分を請求されてしまいます。

最後に年金は、本来国民年金へ収入の有無に関わらず加入する義務があり、収入が無いことから減免の申請をすれば認められていたと思います。将来の備える意味でも、免除申請はしておくべきだと思います。ただ、会社ではどちらでも気にしません。
年金について、社会保険事務所からどう言われるか不安であれば、他人の振りでもしながら電話してみてください。


つとむさん 青森県 男性 28歳 H17/12/12

お久しぶりです。

04年6月に再就職の報告をいたしましたが、残念ながらそこは解雇されてしまいました。辛いことから逃れるために欠勤が多発したためです。

それから、運良く職業訓練に受かりしばらくの間は収入が保証されたのですが、何にも残らなかったら意味ないと思って、焦って、1ヶ月で「若年者トライアル」の会社に就職してしまいました。
やはり辛さは消えず、表情も暗くなってくると、「使えないな」と思われ、本採用に至らず、解雇されてしまいました。

私は「統合失調症」という、一つの心の病にかかっており、半永久的に毎日、薬を飲んでおります。だから、管理人さんの苦労は良く分かります。
それから、11月から今までのコンピュータの業界に見切りをつけ、工事現場における交通誘導警備員に就職しました。面接の際に「調子を崩して薬を飲んでいる」というのが分かったそうなんです。それでも、私を採用してくれました。

今の会社も「若年者トライアル雇用」の会社です。今度は本採用になるよう頑張りたいです。
管理人さんも頑張ってください。

それから、ホームページを開設しています。
私の病気について取り上げています。
就職関係とかけ離れておりますので、相互リンクをお願いするつもりはありませんが、一度覗いていただいたら幸いです。

http://www6.vc-net.ne.jp/~ma38/

何があったのか詳しいことは分かりませんが、それなりの事情があったと思いますので、お気持ちを考えると非常に残念です。
辞めるほど辛かったとすれば、よほどのことだったのでしょう。
でも気持ちを切り替え、せっかくある制度の「トライアル雇用」ですから、自分にあったところを探すために、もっともっと挑戦してみてください。

今の警備員の仕事も、治療中を承知のうえで了承してくれたことに感謝し、期待に添えるように頑張るしかないですね。そして何とか本採用にこぎつけられればと祈っております。
でも外での仕事は、やはり身体的に厳しい部分もあるかと思いますので、体と相談しながら過度な無理をせず頑張ってください。

私なんかの苦しみは比べ者になりませんが、お互いに体に爆弾を抱えた身ですから、乗り切って行きましょうね。
※サイトはゆっくり見せて頂きますね


ドロヌマさん 神奈川県 男性 50歳 H17/12/11

管理人さん 始めましてこんにちは。
3月末に退職し、そろそろ失業保険の給付も終わりに近づいてきました。先日ちょっとした体験をしましたので、書かせて頂きます(過去に同様な投稿がありましたら、ご容赦ねがいます)。
ハローワークへ職業訓練の申し込みをしに行きましたところ、求職申込書(ハローワークに登録する際に記入する)に記入した、希望する仕事とかけ離れた職業訓練には申し込めません、と言われてしまい帰ってきました。

つまり、希望する仕事に関連する職業訓練でなければ、受け付けないようなのです。ホームページを見ても、このような注意事項の記載はありません。
職業訓練に申し込むという事は、このような制限を受けるものなのでしょうか。
悔しいという思いはありませんが、情けない現状に呆然としています。

給付が終わりに近づいて来たのは、とても不安で深さも増しお気持ちをお察しします。そんな中で何か学ぼうと訓練に応募したにも関わらず、受け付けられなかったのは本当に残念だったことでしょう。
ドロヌマさんがどのような職種を希望し、どのようなことを学ぼうとしたのかは分かりませんが、残念ながら受講するには制約があります。

私が説明会で頂いた資料の中に、職業訓練に関するものがありまして、そのなかに以下のように記載されています。
「再就職の意欲が高く、管内の求人状況と希望職種並びに希望する訓練の科目に整合性があり、訓練終了後に関連職種に就職できるか」という一文です。
これを照らし合わせると、整合性の部分で引っかかったと思われます。

もう一度、説明会での資料を細かく目を通せば、多分書いている資料があると思います。私の時は口頭でも説明がありました。
そして再度訓練講座を比較し、希望している職種と関係あるものなどへ再申請してはいかがでしょうか?

失業は給付が切れてからが本番です。頑張ってください。


はなさん 岐阜県 女性 32歳 H17/12/5

この秋、股関節の手術が無事終わりました。
釘も抜け、いよいよ今月ごろから病状安定期に入ります。しかし、就業可能になるまでもう少しかかりそうです。
現在は杖歩行にて移動可能ですが、まだ関節機能・筋力の回復が不十分で、自転車にも乗れない状況です。そのためついつい生活がだらけがちになります。することといえばネット・DVDを見ること、歩く練習をすること、そのくらいでとどまっています。
健康回復に専念している期間、将来の再就職に向けて時間の無駄遣いはしたくありません。どうすればいいかわかりませんのでアドバイスを…。

終わりましたか。
体を言うことをきかず、どうにもならないもどかしさはよく分かります。
私も体がおかしくなってしまってから、もう1年3ヶ月になり、まだ完全ではない状態ですから。それでも、日常生活に支障がない状態になったのは、本当にありがたいことです。

この体が不自由な間に何をすべきかは、
まずは、これまでの自分の経験ややりたいと思ったことから、改めてこれからの方向性を考えてみることからです。
そして、それを成し遂げるには何が必要か考え、経験はどうにもなりませんが、資格を取得したり、その分野のいろんな事をネットを利用したりして、調べてみることです。
更には、面接等の対策のために、様々な質問を想定し納得のできる回答を準備するなど、考えれば結構あると思いますよ。

ただ、リハビリは私の想像以上に苦しいものになるでしょうから、たまにはリフレッシュするために、就職のことを忘れ楽しいことへ専念するのも必要かと思います。
せっぱ詰まった状態でいると、体が良くなっても顔色や表情などやつれていては、せっかくの就職活動もうまく行きません。

就職も健康あってのことですから、まずは体を戻すのを最優先に頑張ってください。
また、何か困ったことなどあったら、就職に関係なくてもご相談に乗りますよ。




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